生産技術実話シリーズ 第2話

「少しずつ投入」が正しいとは限らない ― PVA溶解における逆転の発想(現象が教えてくれた答え)

生産技術の現場では、「常識」とされている作業方法が必ずしも最適とは限りません。

富士フイルムで高速コーティング用の塗工液を製造していた頃、私はそのことを強く実感しました。

高速コーティングでは、バインダーとしてPVA(ポリビニルアルコール)を大量に使用します。

このPVA溶液を調製する際、最も注意しなければならないのが「ダマ」と呼ばれる未溶解物の発生です。

PVAは通常25kg入りの袋で、原材料メーカーより納入されます。

そのため、500kgのPVAを溶解するには25Kgを一袋ずつ投入するのが一般的でした。

しかも、「ダマを作らないよう慎重に投入する」というのが現場の常識でした。

ところが、私はこの常識に疑問を持ちました。

本当に一袋ずつ投入することが、ダマの発生を防ぐ最善の方法なのでしょうか。

現象を観察していくうちに、一つの事実が見えてきました。

一袋ずつ投入している間に、PVAが徐々に溶解して溶液の粘度が上昇します。

粘度が高くなるほど、新たに投入されたPVA粒子は水と接触しにくくなり、溶解速度が低下します。

その結果、未溶解物、すなわち「ダマ」が発生しやすくなるのです。

つまり、ダマの原因は「一度に大量投入すること」ではありませんでした。

粘度が上昇した状態で投入を続けることが、本当の原因だったのです。

そこで発想を180度転換しました。

PVAを25kgずつ投入するのではなく、500kg入りのコンテナバッグを採用し、溶液の粘度がまだ低いうちに、一度に投入する方法を考えたのです。

一般には、「大量投入するとダマが増える」と考えられます。

しかし、現象を正しく理解すると、答えは逆でした。

500kgを一度に投入した方が、ダマは発生しにくかったのです。

大型ジェット式撹拌機アジターを、新規に開発し導入しました。 そして500kgのPVAポリマー粉体をタンクに一気に投入しました。

この経験から私が学んだことがあります。

生産技術開発とは、従来からある作業手順を、ひたすら守ることではありません。

現象の本質を理解し、その本質に基づいて最適な工程を設計することです。

私は、このような現場で培われた「見えない技術力」こそが企業の競争力であり、それを客観的に評価する仕組みとして「生産技術力鑑定」を提案しています。

生産技術の本質は、常識に従うことではありません。

現象に従うことです。

今回の教訓  

生産技術者の一言

「常識に流されず、現象をよく観察」