富士フイルム生産技術実話シリーズ 第8話

「PETフィルムの品質を測る本当の物差し」

PETフィルムの品質とは何でしょうか。

厚み精度でしょうか。

引張強度でしょうか。

熱収縮率でしょうか。

もちろん、これらはいずれも重要な品質特性です。しかし、私は長年写真フィルムの生産技術に携わる中で、それだけではPETフィルムの真の品質は評価できないことを学びました。

写真フィルムに用いられるPET支持体に求められる最大の使命は、多層乳剤を高速・高精度で塗布し、その後の乾燥、スリット、包装、カメラ、現像処理機まで、一度もトラブルを起こさず走り続けることです。

つまり、PETフィルムの真価は製膜工程ではなく、その後の長い工程の中で初めて証明されるのです。

私は、この性能を「長尺走行性」と呼びたいと思います。

しかし、この長尺走行性を一つの数値で表すことは容易ではありません。

厚み、配向、残留応力、表面性、摩擦特性、カール、エッジ品質など、数多くの品質要素が複雑に関係しているためです。

では、この総合品質を測る物差しは存在しないのでしょうか。

実は、富士フイルムには、その物差しが存在していました。

それが、私が開発に携わったHAC(Helical Air Cushion)乾燥装置です。

HAC乾燥装置の中核となる「エアードライヤー」では、フィルムはローラに接触することなく、空気膜だけで完全に浮上した状態で高速走行します。

この状態では、PETフィルムにわずかな内部応力の偏りや寸法の不均一があるだけで、走行軌跡が変化し、左右への片寄りとして現れます。

そのため、フィルムの片寄りは10数mm以内に抑えなければ、安定した連続操業はできません。

ここで重要なのは、この「片寄り量」が単なる設備管理値ではないということです。

片寄り量は、

  • PETフィルムの厚み均一性
  • 幅方向の残留応力
  • 分子配向の均一性
  • カール特性
  • 張力特性
  • エッジ品質
  • 巻取り品質

など、多くの品質要素が統合された結果として現れる、PETフィルムの総合品質指標なのです。

言い換えれば、HAC乾燥装置は単なる乾燥設備ではありません。

PETフィルムの長尺走行性をオンラインで常時監視する巨大な品質評価装置でもあったのです。

図1 富士フイルム品質方針 品質の自工程保証 自工程で不良を作らない、次の工程へ不良を出荷しない

一般には、品質は検査室で測定するものと考えられています。

しかし、生産技術者の視点は異なります。

本当に優れた品質とは、「規格値を満足すること」ではありません。

次工程が最も厳しい条件でも安定して操業できることこそが、本当の品質なのです。

富士フイルムでは、その最も厳しい条件がHAC乾燥装置であり、そこでの安定走行がPETフィルムの真の品質を証明していました。

私は、生産技術とは単に「良い製品を作る技術」ではないと考えています。

次工程の能力を最大限に引き出し、最終製品の品質と生産性を保証する技術。

それこそが、生産技術の本質です。

そして、PETフィルム生産技術の最高の物差しは、PETフィルムそのものの中には存在しません。

最高の物差しは、それを最も厳しい条件で使う次工程の中に存在する。

HAC乾燥装置は、そのことを私に教えてくれた、生涯忘れることのできない「品質の物差し」でした。

品質とは、製品の中に存在するものではない。

品質とは、工程が保証するものである。

だから私は、生産技術とは

「工程で品質をつくる技術」

であると考えています。