生産技術実話シリーズ 第5話
なぜ富士フイルムは世界一になれたのか――その答えは「化学工学」と「人材戦略」にあった
私は以前から、一つの疑問を持っていました。
なぜ創業間もない富士フイルムは、世界最高水準の生産技術を次々と生み出すことができたのでしょうか。
多くの人は、
「優秀な研究者が多かったから」
「優秀な化学者がいたから」
と考えるかもしれません。
しかし、私は本当の理由は別のところにあったと考えています。
その答えを象徴する言葉があります。
"Many Doctors are less important than Practical Nurses."
(多くの博士よりも、実践的な現場技術者が重要である。)
― Dr. C. E. Kenneth Mees
Dr. Mees は、イーストマン・コダック社(EK)の副社長であり、世界の写真工業を築いた第一人者です。

この言葉は、研究成果そのものよりも、それを実際の製造へ結び付ける生産技術者の重要性を示しています。
そして、富士フイルムの基本思想は、まさにこの考え方にありました。
研究者だけではなく、化学工学を専門とする技術者を数多く採用し、生産技術開発部門を強化したのです。
当時、化学工学はまだ新しい学問でした。

しかし写真フィルム製造には、
- 水蒸気蒸留(樟脳製造)
- 撹拌・混合(乳剤・調液)
- 流体力学(塗布)
- 伝熱・物質移動(乾燥)
- 蒸留・吸収(溶剤回収)
など、化学工学の知識が不可欠でした。
富士フイルムは、生産技術の将来を見据え、この分野の技術者を積極的に採用したのです。
私は1968年に東京大学工学部化学工学科を卒業し、富士フイルム工学研究室へ入社しました。
当時の工学研究室には、全国から集まった多くの化学工学出身者が在籍していました。

振り返ってみると、それは偶然ではありませんでした。
世界最高水準の生産技術を築くために、会社は意図的に「生産技術者の布陣」を構築していたのです。
私は後になって、この布陣が偶然ではなく、富士フイルムの明確な人材戦略であったことを理解しました。
つまり、
富士フイルムが世界一になれた最大の理由は、設備だけでも、研究だけでもありません。
「Reason」と「Why」を追い続ける、生産技術者を育てる人材戦略にあったと、私は考えています。
生産技術者への教訓
世界一の設備が、世界一の企業をつくるのではない。
世界一の生産技術者が、世界一の企業をつくる。
生産技術とは、設備を設計する技術ではありません。
現象を正しく観察し、その「Reason(理由)とWhy(なぜ)」を徹底的に追究し、品質・生産性・コストを同時に実現する技術です。
私が富士フイルムで学んだ最大の教訓は、
「Reason」「Why」を飽くことなく追究できる実践的な生産技術者こそが、企業の競争力を生み出す。
ということでした。

