生産技術実話シリーズ 第3話
なぜ富士フイルムは世界一になれたのか ― その原点は「支持体」にあった
富士写真フイルム株式会社は1934年(昭和9年)に創業しました。
一方、世界最大の写真フィルムメーカーであった米国イーストマン・コダック(EK)は1892年の設立です。
約40年も先行していた世界最大企業を、この業界に最後に参入した日本の新興企業が、なぜ追い越すことができたのでしょうか?
まさに「富士フイルムの奇跡」といってもいいでしょう。 これは私にとって長年の謎でした。しかし、よく研究してみると、それは奇跡でもなく当然の流れであったのです。
その答えの一つは、創業時の技術基盤にあったと考えています。
富士写真フイルムは、大日本セルロイド株式会社(大セル)の子会社として誕生しました。


当時の大セルは、セルロイドフィルム分野で世界シェア約40%を誇る世界最大級のメーカーでした。

セルロイドフィルムは、当時の写真感光材料において支持体(ベースフィルム)として最高の優れた性能を備えた材料でした。
つまり、写真フィルムの最も重要な構成材料の一つで、大セルグループは既に世界トップレベルの技術を保有していたのです。
このように考えると、大セルが写真フィルム事業へ進出したことは、決して偶然ではありません。
世界最高レベルの支持体技術を持つ企業が、その上に感光材料を塗布する事業へ進むことは、ごく自然な経営判断だったと言えるでしょう。
写真フィルムの構造は図3のようになっています。フィルムベースの上に塗布される感光乳剤の性能が写真フィルムの性能を決めるのです。

その優れた支持体の上に、
- 高性能な感光乳剤を開発し、
- 世界最高水準の塗布技術を確立し、
- 300mを超える乾燥設備を設計し、
- 品質を最優先にした生産技術を磨き続けたことが、
富士フイルムの競争力を世界トップレベルへ押し上げたのです。
私は、この歴史から一つの教訓を学びました。
優れた製品は、ある日突然生まれるものではありません。
その背景には、長年蓄積された材料技術、生産技術、設備技術という「見えない技術資産」が存在します。
私は、このような企業の「見えない生産技術力」を客観的に評価する仕組みとして、「生産技術力鑑定」を提案しています。
生産技術者の一言
「世界一の製品は、世界一の技術基盤の上に育つ。」

