[技術士エッセイ] 薬師寺東塔大修理の現場に立ち会って
数年前、私は家内と息子を伴い、奈良の薬師寺東塔の「平成の大修理」現場を見学する機会を得た。国宝であり、奈良時代以来唯一現存する三重塔を擁するこの東塔は、千三百年の風雪に耐えてきた建築である。その修理現場に立ち会うことは、技術士としてのみならず、一人の日本人として心震える体験であった。
見学会は素屋根で覆われた内部に足を踏み入れるところから始まった。普段は地上から見上げるしかない屋根や組物を、同じ高さで間近に見ることができる。その瞬間、建築が単なる「形」ではなく、木と木の組み合わせから成る「構造体」であることを実感した。太い柱、精緻な斗栱、そして塔の中心を貫く心柱――これらはまさに日本建築が誇る「耐震の知恵」の結晶である。
私は化学を専門とする技術士として、材料や構造の視点から文化財保存に関心を寄せてきた。現場では、腐朽した木材を取り替え、健全な部材は活かすという「選別」と「再生」の作業が進められていた。千年を超えて残る木材と、新たに加わる木材とが一体となり、次の千年に塔を託す。この循環こそが、技術の継承であり、文化の継承であると強く感じた。
家内は、工匠たちの伝統的な技を目の当たりにして「人の手がここまでのものをつくるのか」と感嘆していた。息子は、心柱が地盤に固定されず、むしろ「浮いて」揺れを逃がす仕組みに驚き、現代工学に通じる合理性を発見した様子であった。世代を超えて同じ文化遺産を共有し、それぞれの感性で学ぶことができたことは、私にとって何よりも嬉しいことであった。
薬師寺東塔の修理現場を訪れた一日は、単なる見学を超えた体験であった。そこには、技術の蓄積と創意工夫が凝縮されていた。千年を超える時間を相手に仕事をする宮大工の姿に、私たち技術士もまた「未来に耐える技術」を提供していかねばならないと深く自省した。
あの日の光景を思い返すとき、文化財保存は過去を守ることにとどまらず、未来を拓く営みであることを実感する。そして、家族と共にその場に立ち会えたことは、私の技術士人生の宝である。(中村博昭)
