安全保障貿易管理と日本企業の宿命的課題
戦後の日本が辿った歩みをつぶさに観察すると、そこには一貫した構造が見えてくる。資源なき島国が、生き延びるために選んだ道。それが「貿易」であり、「技術」であった。すなわち、日本は自らの英知と勤勉さをもってして、工業製品を輸出することで国家を成り立たせてきた「貿易立国」なのである。
この構造を前提にする限り、企業の行動は単なる営利活動にとどまらず、国家の命運を左右する「外交的行為」にも等しい意味を持つことになる。つまり、どの製品を、誰に、どの国に売るかという判断が、国際政治の力学や安全保障の文脈と密接に関わってくるわけだ。
例えば、最先端の半導体製造装置や高度な工作機械が、もし敵対的な国家やテロ組織の手に渡ったらどうなるか。そうした技術が兵器開発に転用され、結果的に自国や同盟国に脅威をもたらす。これはもはや企業の責任を超え、国家の信頼問題に直結する。
日本政府はこのリスクを極めて深刻に捉え、「外為法」(外国為替及び外国貿易法)を通じて、企業に輸出の事前審査や適切な管理体制の構築を求めている。これがいわゆる「安全保障貿易輸出管理」制度である。
しかし、制度が存在するからといって、その本質が企業に正しく理解されているかというと、必ずしもそうではない。多くの企業は、これを「法令遵守の一環」として形式的に処理しがちだ。だが、立花隆的に言えば、問題の核心は「知の自己拡張」にある。すなわち、自社の製品が世界の中でどのような意味を持ちうるのか、技術が地政学とどう結びつくのかという、メタな視点を持たねばならない。
企業とは単なる生産装置ではない。情報を収集し、知的に分析し、未来に対して責任ある行動をとるべき存在なのだ。安全保障貿易管理のコンプライアンスは、そうした知的自立の試金石である。経営者がその重要性を理解しないままにしておくことは、企業の脆弱性を世界にさらす行為に他ならない。
最後に付け加えておきたい。コンプライアンスとは、面倒な義務ではなく、自社の技術を守り、信頼を築き、グローバル市場で生き残るための「戦略的資産」なのである。これは、日本企業にとって、選択ではなく宿命なのである。(技術士 中村博昭)