製造業の発展の中核にあるのが生産技術です。
そしてもし、この全世界において進化という価値概念が許容されるならば、人類の持続的発展の中核をなすのが生産技術ということになります。
ではこの生産技術とは一体何を指すのでしょうか?
「生産技術とは一体どんなものですか?」「どうすれば生産技術のレベルアップが図れるのでしょうか?」
日本の社会、この分野で最も権威がある国家資格(文部科学大臣認定)と言われている技術士仲間たちに聴きました。
それぞれが自らの経験に基づいた考えを語ってくれますが、その答えはとても一つの概念に収束するものではありません。
また、モノ作り大国と雖も、「私は○○大学で生産技術の学位を獲得した」という大家を知りません。
どこの製造現場でも、新規生産技術の開発という命題を持たないところはありません。
ただそれをどのように解決して行けば良いのかを適切に指導できるアドバイザーがいないという今日的課題が我が国の多くの製造現場にはあるのです。
かって、日本は世界の工場と言われました。
Japan as No.1 の生産技術はどこへ行ってしまったのでしょうか?
「ソニーの商品がソニーらしくないとすれば、その原因は10年前にある。
技術は仕込がないと直ぐには出せない。ソニーらしさを発揮するにはもう少し時間がかかる。」
(ソニー中鉢社長のインタビュー記事より)
生産技術というものの共通認識が薄れ、有能な生産技術開発者が製造現場に居なくなって20年以上が過ぎました。
一つの製造業、生産ラインでこれだけの年数が経過すると、最早そこには次代に伝承すべき何の中核技術も残らないのは当然でしょう。
「生産技術とは、製造業における収益の中核をなすもの」というのが私の定義です。
日本型製造業が収益を回復しかっての王座を奪回するためには、製造工程に資源を重点的に配分する必要があります。
それぞれの生産ラインにはそれぞれ独自の生産技術があります。ラインが異なればその品質は皆異なります。
その品質の違いを生み出すものが生産技術です。
かって世界の市場で多くの製品が「Made in Japan」というブランド力を持っていました。
「Made in Japan」と「Made in China」の違いを問題にしないのであれば、そこには生産技術開発という命題は存在しないと言っても良いでしょう。
そこには製造というマニュアル作業があるだけです。製造という行為がいわゆる応援、派遣業務となってしまっています。
「マネージメント」という西欧の概念が猛威を奮い、多くの日本の製造業において「生産技術開発」というものの本来的な価値が見えないものになってしまいました。
残ったのは、専ら「コストダウン」というお金の物差しだけです。日本の製造現場が疲弊し、収益構造の形が大きく歪みました。
MOT即ちManagement of Technology という実体のない概念が我が国にも入り込ん来ました。
生産技術開発という難しい命題がこのマネージメントの手法にて解決できると考えるのは大きな誤りであると私は確信しています。
(もしこの思想が多少なりとも有効であるなら、世の中の先進製造業は、みな今頃成功繁栄していたはずです)
製造現場が一生懸命努力しても、生産性が上がらないのはなぜですか?それは、
大地震を人間がとても予測できないのと同じです。大地震は、マネージメントの対象ではないからです。
新規の「生産技術開発」というテーマは、大地震のようなとてつもない生産技術のイノベーションを製造現場で創り出さなければならないのです。
たとえそれが険しいハードルであっても製造現場にて解決すべき問題であり、頭の中では解決できない性質のものなのです。
況してや製造現場の技術内容を見たこともない人が、机上で作り上げた理論を外部から導入しても現場のイノベーションなど起きる道理はありません。
工場の品質故障、これはマネージメントの対象でしょうか?
皆さんはどのように考えますか?品質管理だから当然、マネージメントの対象と考える方も多いことでしょう。
でも私達は、必ずしもその考えには組しません。
工場の品質故障は、生産技術の問題であると考えるのが「生産技術開発至上主義」なのです。
ISO活動が海外から我が国へ導入され始めたのは、1980年代の頃です。
日本中の製造現場がその認定資格を取得するために奔走させられました。
あれだけ多額の資金(経営資源)を投入してどれ程の品質改善が達成されたのでしょうか?
何の品質保証体制の無かった欧米等の製造業ではそれなりの成果が得られたのかもしれません。
しかし、係長から末端のオペレーターまで、一貫した品質保証体制で徹底されている「Made in Japan」ブランドを背負っている日本型製造業においては、ISOのような形式主義は、全く無用の長物であったのです。
日本型製造業が世界で類を見ない確固たる地位を築き上げることの出来た品質保証の基本は、デミング賞の受賞という誉です。
このことは、明治維新以後我が国の政策決定の場面で欧米から統計的手法が導入されたのと良く似ています。
当時福沢諭吉は、「仏蘭西全国にて人を殺したる罪人を計ふるに、其の数、毎年同様なるのみならず、其の殺害に用ひたる器の種類までも、毎年異なることなし。」とびっくりしています。
統計学は、当時のヨーロッパでも最新の学問だったのですね。
デミング賞を獲得するためには、製造現場で福沢諭吉と同じような体験をメンバー全員で体得実証しなければならなかったのです。
生産技術開発というのは、デミング賞受賞を越える「ぶっちぎりの生産技術イノベーション」を実現することに他ならないのです。
日本型製造業が大きな停滞に陥ってしまったのは、経営者がこの「生産技術開発」という本来追求すべき命題を諦めてしまった所に根本的な原因があります。
日本型製造業が世界市場において持続的発展の使命を果たしていくためには、生産技術イノベーションを追い求め続けることが不可欠なのです。