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世界の中の日本 「モーレツから、ビューティフルへ」
「モノ作りニッポン」、サブラヒ・テクノロジストチームの本業・新規生産技術開発コンサルティングです。
かっての日本の製造業の「成功の秘密」、それは生産技術開発にありました。
21世紀に日本の製造業が生き残れるのか、更に進化し勝ち残れるか?
それは、新しい生産技術開発に向け、どのように経営資源を配分するかの采配にかかっています。
生産技術開発至上主義です!
『テクノロジストこそ、先進国にとって唯一ともいうべき競争力要因であり続ける人たちである』 ・・・P.F.ドラッカー(1909-2005)「テクノロジストの条件」ダイヤモンド社より
バブル経済時代の企業経営の失敗で、いわゆる工学離れが大きな問題となっている製造業においては、「モノ作りニッポン」のビジネス・プロフェッショナル育成や独自生産技術開発のノウハウの伝承が急務です。
製造業の将来を占う4つの質問とは?
30年の実務経験と国内外の各分野の先進大手製造業20数社、中小製造業100社あまりのコンサルティング実績に照らして、信頼の「モノ作りニッポン・技術コンサルティング」をご提供させて頂きます。
「モノ作りニッポン」技術コンサルティングの沿革
技術士(化学部門)中村博昭
0.はじめに
全ての成長するビジネスには、成功の秘密があります。
「温故知新」の精神で、先人の成功の秘密を解き明かし、それを更に進化させて応用展開すること、これが私達「モノ作りニッポン」技術コンサルティングの真髄といえるでしょう。
私の専門は、各種塗工製品分野の生産技術開発です。
30年余りの製造現場における実務経験をベースにして、新規商品開発、生産性・品質向上、コーティングライン・リフォームなどの技術支援をさせて頂いております。
「塗工」は各種シート材料の付加価値を高める基本技術と位置づけて、これからの日本の製造業がLCC(Low
Cost Country)諸国との競合から抜け出すためにどうしても身につけて頂きたい必須科目であると私は考えております。
「モノ作りニッポン」の対象製品分野:
紙、プラスチックフィルム、アルミニウム、鉄、ガラス等の各種基材へ、高機能複合ケミカルを多層薄膜構造で塗布加工する商品群
1.技術コンサルティングの基本ステップ
(1)既存コーティングラインの「現状分析」
既存の生産ラインをあらゆる角度から分析
現場技術者、オペレーター層との、データに基く問題点抽出作業
・問題点は何であるか、何が課題であるか。
・何かまずいこと、
・何か達成しなければならないこと、
・何か決定しなければならないこと。
・将来心配なこと
・チャンスと思われること。
(2)プロセスの「問題点分析」
どうしてこうなっているのか、
原因不明の事態を究明、調査する。
原因想定、暫定対策を決定
(3)実証テスト
論理的実証、観察的実証、結果的実証
(4)「次の一手」(最適案)を決定する
「いつまでに、何を、どの程度、どうする」形式で決定
(5)リスク・マネージメント
これが、最後の決め手。
2.コーティングライン・リフォームの「現状分析」事例
@ 生産速度が上がらない
A 塗工面状をもっと良くしたい
B 塗布量プロファイルが不満足
C 品質性能をもっと高めたい
D 塗液の得率が悪い
(泡ロス、フィルター交換ロス、残液ロス)
E 基材の切断故障が多い(Roll
to Roll)
F 面状欠陥故障が多い
(筋ムラ、ハジキ故障、凝集ブツ)
G 基材間で品質がばらつく
H 品種切り替えに時間がかかる
I 設備、工程メインテナンスに時間がかかる
J エネルギーコストをもっと下げたい
K 現状の塗工方式は最適か、選定に問題はないか
L 既存の塗工方式をモデルチェンジしたいが、
乾燥能力が問題だ
M 新しい塗工方式の処方設計が分からない
これらの課題に納得いく道筋をご提示するのが、「モノ作りニッポン」技術コンサルティングです。
3.20世紀の製造業
日本の製造業は、世界の工場として20世紀後半に世界に君臨していたと言っても良いでしょう。
鉄鋼、プラスチック、半導体、自動車、ラジオやテレビの家電などありとあらゆる産業分野でその品質の高さに定評があり、コスト競争力において絶大な力を保持していました。
では、この日本の真の実力とは一体何だったのでしょうか。
その原点を解明することこそが21世紀の「モノ作りニッポン」再生の鍵になると私は考えています。
4.戦艦大和を作れ!
私は、(旧)富士写真フイルム株式会社出身の技術士です。私達の会社は、1934年1月19日に当時の大日本セルロイド株式会社の子会社として発足しました。この大日本セルロイドという会社は、人類が最初に手にしたプラスチック材料であるセルロイドというものを作っておりました。
セルロイドは、1865年に英国人パークスによって発明された新規材料ですが、商業的に製造するための技術的ハードルは非常に高く、また構想を具体化するには多大な資金が必要でした。
大日本セルロイドは、この新しい素材の商品化に果敢にチャレンジしそれを成功させた立役者です。
優れた技術者を外国から招聘して指導を仰ぎ総力を挙げて日本のモノ作りを世界のフロントランナーしたのです。
日清戦争で大日本帝国が領有していた台湾でセルロイドの原料として欠かせないクスノキが豊富に産出されたことが大きな要因ではありますが、その資源を活用して新しい事業を起こし、世界市場で欧米列強と渡り合って結果的に40%の市場占有率を獲得するまでに持っていった大日本セルロイドの生産技術力の秘密は、充分に評価すべきものであります。
富士写真フイルム株式会社は、この大日本セルロイドの子会社として国家的な使命を帯びて発足した、今で言うベンチャープロジェクト会社です。
その使命とは、当時100%輸入に頼っていた写真、映画用感光材料を国産化することでした。
セルロイドでは確かに世界の40%ものシェアーを誇ってもそれは所詮材料産業ではないのか。その材料を原料とする高付加価値商品である映画用フィルムが100%輸入では、なにをやっているのか分からないという問題意識だと思います。
当時、世界の写真感光材料分野はアグファとコダックという二大巨人が牛耳っておりその他のメンバーの顔ぶれもデュポン、イルフォード、3Mなどいずれも兵揃いの巨大化学メーカーばかりです。このような相手に何も持たず、ただセルロイドフィルムがあるということで宣戦布告をする。
とても勝てるとも思えない国家戦略には恐れ入りますが、当時の日本人技術者には、トップの指揮で果敢に難題に挑戦するひたむきさがあったと思います。
先日、「男たちの大和」という映画を観ました。あの「戦艦大和」は、時代の流れで戦争のやり方が一変し、戦争現場では全然活躍の場面を与えられず悲劇的な最期となってしまいましたが、「戦略的なモノ作り」という視点でみると「日本人の智慧、物つくり魂」の原点を見る思いが致します。
5.「宇宙戦艦ヤマト」を作る
無残なひたむきさで、戦艦大和は2498名の兵士と共に海に沈んでしまいましたが、その無敵の戦艦大和を作ったモノ作りの魂はそっくりそのまま無傷で残ったのです。
満州事変から戦時中への10年間、富士写真フイルムの技術者たちも、戦艦大和を作った技術者たちと同じ気持ちで映画用フイルムの国産化にまい進していました。その彼らの物つくり魂は、作る対象は違っても全く同じ気持ちであったのです。
そして終戦を迎え日本の全ては、占領軍の指揮下に入りました。富士写真フイルムの技術者達1492人は、終戦後今度はGHQのダグラスマッカーサー連合艦隊司令長官の指令で、日本復興に向けて民心安定のための映画振興、平和産業育成という形でフィルム生産を直ぐに再始動させたのです。20年10月1日のことだそうです。(富士写真フイルム株式会社 会長 小林節太郎「私の履歴書」)。
私は、この発想の転換と切り替えの素早さには感嘆しました。今の「モノ作りニッポン」に求められているのはこれなのです。
戦争を体験した技術者たちは皆、外部からの技術に頼らず、自分自身の手で設備を作り、悪い原料素材をも使いこなし、品質を高めることを可能にする智慧と信念を持っていた。
そのような彼らが、戦後アグファ社やコダック社の技術を入手し学んで、世界の最先端に到達したのは至極当然の帰結であったのではないでしょうか。
今、世界中が多額の資金と人を投資をして取り組んでいる液晶パネル製造分野も実はセルロイドの生産技術がそのベースになっているということをご存知でしたか。
21世紀の「モノ作りニッポン」再生の鍵がここにあると私は考えております。
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